院長

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プロフィール

[名前]
杉本憲治
[趣味]
ゴルフ
[略歴]
昭和35年1月21日  大阪市城東区放出町(現大阪市鶴見区放出東)
大阪市立桜ノ宮幼稚園、大阪市立榎本小学校、大阪市立放出中学校を経て
昭和53年 大阪府立大手前高校卒業
数学や物理、科学の成績が非常に悪かったのに医学部を目指したため、2年間の浪人生活を送る。
昭和55年 大阪医科大学入学
 
昭和61年 大阪医科大学卒業
 
昭和61年 大阪医科大学附属病院第2内科入局
日本が世界一と言っても過言ではない消化管画像診断(X線や内視鏡診断)の道を歩み始める。
昭和61年 大阪医科大学卒業
昭和62年~平成元年 早期胃癌健診協会(東京)研究員
恩師故大柴三郎先生(大阪医科大学名誉教授)の御厚意で消化管X線診断の世界的権威、故白壁彦夫先生(早期胃癌検診協会理事長、順天堂大学名誉教授)に直接、御指導賜ることができました。
「がん回廊の明日」(柳田邦男著)にも登場する大御所に「大阪の僕ちゃん」と呼んで頂き、充実した日々を送りました。
また、この間に昭和大学藤が丘病院消化器内科でも研修させて頂き、佐竹儀治先生(現在は代々木の田坂記念クリニック院長)、岡本平次先生(現在は表参道の岡本平次クリニック院長)、お二人の偉大な大腸内視鏡医に御指導頂けたからこそ、今日の内視鏡テクニックが培われたものと感謝しています。
平成元年~平成5年 大阪医科大学大学院
 
平成元年~平成8年 大阪府済生会吹田病院勤務
平成元年に大学院に入学し、その夏から白壁先生の御厚意によりスウェーデンのマルメにあるルンド大学(ヨーロッパ最古の大学とも言われています)に留学する予定でしたが、何度か国際電話をかけるうちに英語能力に限界を感じて諦めました(留学していたら少し違った人生になっていたかも?)。
大学院生としての臨床研究を進めるために、大腸内視鏡検査・治療を中心とした自らのフィールドを求めて済生会吹田病院に赴任し、赴任当時は殆ど「ゼロ」だった大腸内視鏡検査を年間約1000例に増加させることに尽力しました。
平成8年~平成9年  服部中央病院
近い将来の開業を想定していたので、民間病院の副院長経験は有意義でした。
平成9年 杉本憲治クリニック開院
20坪ほどの小さなテナントで開業しました。オープニング・スタッフは看護師1名、医療事務2名のみでした(現在の杉本憲治クリニックの床面積は約150坪、看護師10名、臨床検査技師1名、医療事務12名、非常勤医師9名)。
しかし吹田や服部などから多くの患者さんに御来院頂き、また、以前から多くの患者さんを御紹介頂いていた先生方からも変わることなく患者さんを御紹介頂き、無事にスタートすることができました。
本当にありがとうございました。
平成14年 クリニック移転
移転当時は「これで十分な医療を患者さんに提供できるであろう」と思いましたが、医療レベルやインフォームド・コンセント(十分な説明と同意)の向上を考えると「もう少し床面積を広くすべきだった!」と痛感するこの頃です。
平成30年 クリニック移転・拡張
 

◆ 日本消化器病学会専門医
◆ 日本消化器内視鏡学会専門医・指導医
◆ 日本消化器病学会評議員
◆ 日本消化器内視鏡学会評議員
◆ 日本内科学会認定医
◆ 実践消化器内視鏡研究会代表世話人
◆ 北摂胃腸研究会世話人
◆ 大阪大学